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□[或る日記]■ひろくん 2
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[或る日記]■ひろくん 2


 監督さんいわく。
「いやあ、エキストラのマイクがちゃんと音声拾っておいてくれてよかったよ。あれ聞き間違いじゃなかったんだね。気になっちゃって。『おとうさん』って呼んでるのに、それに呼び慣れてないところとか。メインのカメラのマイクだと音声だと不確かでね。「ひろ」なのか「いきろ」なのか上手く拾えなくて。本気で心配して駆け寄ったところとか。あの民衆の中には、そうやって名もない家族がいたんだなってね。で?どういった設定だったんだい?え?音也くんみたいな息子がいたらって話になって?それで、待ちの時間に親子の真似を?ああわかるよ。あのぎこちなさ。そこが気になったんだ。ちゃんと録音は残っているよ。オンエアではさすがに他のエキストラの悲鳴の方をクローズアップしたけどね。怪獣を写すから、音也くんはほとんど入れられなかったし。そこをクローズアップしてしまうとせっかくの怪獣が目立たなくなってしまうからね。で?ヒロって名前はその話の時に決めたの?え?適当?その場のノリでよんだ?父さんって呼ばれて、ああ自分はこの子と二人で生き延びねばってっなったのか。亡くなった息子さんの名前…2人は親子って設定なんだね?ちがう?本当の親子ではない。名前が偶然一緒の、里親とその子供で…なるほどなるほど。いやあ。参考になったよ」

 準所属時代にエキストラで出演した怪獣映画の続編が決まって、サブキャストで出演が決定した。怪獣再来。なんでもその時襲ってきたのがお父さん怪獣で、実はお母さん怪獣と子供の怪獣がいるらしい。その怪獣と戦う主人公サイドと、怪獣を守ろうとする敵サイドに話は広がる。
 あのとき父と呼ばせてくれた俳優さんはメインキャストとして出演が決まっている。
「こんなことになるなんてね」
 彼は去年主演を務めた映画が大好評で、今やテレビでひっぱりだこだ。
「俺、あれから考えてたんですけど、もしかしてあの時こけたのって、わざとだったんですか?」
 あのパニックシーンの中、誰それ上手く逃げ切れるわけない。
 人は自分の命を優先して、そんな時誰かを見やることなど出来るのだろうか。そう考えた。あの中で倒れるなど、踏みつけられ蹴飛ばされるかもしれない。でも、その方がリアルだ。この人はあの瞬間に生き残ることができない役を選んだのではないかと。
「あれね……あのまんま。こけるつもりなかったんだけど。あの時の僕もあんなに中心に配置されると思ってなくて、もみくちゃに走るの怖かったんだよ。案の定こけちゃったし。みんな役者さんだから、よけてくれると思ってたけど、立ち上がるのが怖くて。膝小僧も思い切りぶつけていたかったし。だから、本当に嬉しかったよ。助けてくれて。あの時、息子が返ってきたのかと思った。全然姿はちがうけど。おとうさんって。だからぼくも、本当は、いいから逃げろ!っていうのが正解だと思ったけど。いやだよ。一緒に生きたいって。おいて行って欲しくないって、おとうさんなのにね。不甲斐ない」
 ああ。2人の気持ちは一緒だった。
「あの二人、まだちゃんと成長できたんですね」
「あの二人、じゃないよ。君とぼくだよ」
「そうだったね、お父さん」
 それからこの人は、俺のデビューライブにも来てくれたって。そっか。あの歌。聞いてくれたんだ。お父さんのように感じさせてくれた人たちが、あの姿を見守ってくれてたの。すごく嬉しい。

 まだ公に発表はされていないけど、その時の回想シーンには、当時の音源を使うってことになって。音源を聞き返してちょっとはずかしい。本当に、お父さんって、呼び慣れてないのわかりまくってさ。
 あの時から数えても、いろんな役を貰えるようになった。家族って存在も、俺の思う家族の気持ちも込めて演技と向き合えるようにもなっている。だから監督さんにちゃんとお父さんって呼べますよ?ってちょっと生意気に聞いたら、それでいいんだよって。だって、あの時の配役で行くから、成長しててもらわないと困るんだよってさ。あの時の親子は、まだこうやってドラマの世界で生きて暮らして成長しているんだって、そういうの感じてほしいんだよ。って。そういうの楽しいじゃん。あの時の人が!?ってそういう驚きも感じてほしいんだよ、って。
「追加キャストを組むにしても、当時の世界に生きていた人の方がいいって。そう思ったからさ」

「どこに巡り合わせがあるかわからないですよ。ですから、端役であれ、その世界の背景にはならず、登場人物にならなければならない。あなたの世界が、あの世界を動かしたのですよ」
 その役者さんと共演してみたいといっていたトキヤは最初、悔しそうにしていたのに、でも優しい顔になってそう言ってくれた。
 監督たちとふわっと話した設定は、しっかりとした土台を組まれて、役名と共に世界を生きている。
「あの時の音声と映像が、乗るのか〜」
 当時の別のカメラのなかには俺もちゃんといた。
 今の自分から見ても幼さと必死で、一緒に生き延びようと必死な一組の親子。自分で演じているとは別に、ああ、今もちゃんと二人で生き抜いているよ……ってその姿に語りかける。

 そうやって支え合って生き延びた2人は……のちに敵対していた。
 なんでぇ!?







改稿2:2023年5月2日
改稿1:2022年6年26日
初出:2021年4月28日


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